女性は一瞬、宇根の顔を見たが、あごに薄っすらと伸びたひげを認めると、視線を玄関に向けた。警察署に来る以上、何かしらの用件があり、その相手は警察官であろう。だがそのまま女性は、ふくよかな胸に抱えていたカバンを右手に持ち替えながら、速度を変えずに階段を登りきった。その姿を見ていた宇根は、この人は警察官ではない、と判断した女性の仕草がしゃくに触り、署内に続く玄関に手を掛けた彼女に向かって声を掛けた。
「どうかされましたか」
宇根の性分でもあろう、言わなくても良いのに言ってしまう。万一女性が、何かの事件に巻き込まれているのだったら、今晩も昨夜と同様、自宅に帰れなくなってしまうのに。
自宅には四十三歳になる妻と、十八歳の息子、それに十五歳になったばかりの娘が彼の帰宅を待っているはずだ。年頃の子供が父親の存在をうっとうしく思っている事は知っているが、実際問題として帰るはずの父親が帰って来ない時、心細く思うのは母親である妻と、男ひとりになってしまう息子なのだ。心底父親の存在を無視する家族はいない。
宇根の言葉が自分に掛けられたもので在るのか確かめる為、ふり返り彼を見る女性。
「あのー、警察の方ですか?」
戸惑いながら話す女性の口調から、本当に警官かしら、と疑う心理が伺える。だがその事は気にも留めず話を進める宇根。
「私でよろしければ、お話を伺いますが」……彼の腹に響くような図太い声質に続く。
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